大阪地方裁判所 昭和34年(む)89号 判決 1959年2月17日
被疑者 西尾浅次郎
決 定
(被疑者氏名略)
右被疑者にかかる公職選挙法違反被疑事件について、大阪地方裁判所裁判官下村幸雄が昭和三十四年二月十一日になした接見等一部禁止の裁判に対し、大阪地方検察庁検察官笛吹享三から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原裁判を左のとおり変更する。
被疑者と刑事訴訟法第三十九条第一項に規定する者以外の者との接見並びに書類の授受を禁ずる。但し被疑者とその妻西尾カヨ子との接見はこの限りでない。
理由
本件申立の理由第一点は、原裁判が刑事訴訟法第三十九条に規定する者(以下弁護人等という)以外の者である被疑者の妻西尾カヨ子を接見等の禁止から除外したことは、同法第八十一条の趣旨に反しその解釈を誤つた違法があるというのである。
よつて案ずるに、同法第八十一条にいわゆる接見禁止の裁判は、被疑者を勾留していてもなお逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある場合に、同法第八十条の例外的措置としてなされるものであり、しかもそれが被疑者に対する重大な心理的苦痛をももたらすものである点に鑑み、極めて慎重に、最小限度の運用にとどめるべきことはいうまでもない。従つて接見禁止の裁判の後において、具体的場合に応じその一部を解除し、弁護人等以外の特定人との接見を許可することを妨げないのはもとより、進んで当初から特定の者との間においては接見を許しても罪証隠滅等の虞れがないと認められる場合には、必ずしも弁護人等以外のすべての者について接見を禁止することなく、当該特定人については接見禁止からこれを除外し、或いは更に一歩進めて一部の者との接見のみを禁止するものであつても何ら同法第八十一条の趣旨に反することなく、むしろ適切妥当な措置と解するを相当としこの点に関する所論は理由がないといわねばならない。
次に申立の理由第二点は、被疑者とその妻との接見等を自由に許すときは、妻が被疑者とその他の事件関係者との間の連絡をとり、その供述を合わせることにつとめ、罪証隠滅を計る虞れが大であり、原裁判は極めて不当であるというのである。
よつて案ずるに、原裁判は被疑者とその妻との間の接見及び書類の授受の両者を禁止から除外している趣旨に解せられるところ、捜査記録を精査すると、被疑者は本件犯行後、これを捜査当局の探知するところとなつたことを知り、予め昭和三十四年一月下旬頃被饗応者を集めて、警察の取り調べを受けたときには一致して饗応の趣旨を否認する供述をなすよう罪証隠滅を計つたことが窺われるが、先ず接見の点について考えてみるに、妻は右事件関係者ではなく、又前記隠滅工作に関係したものでもなく、その他自ら直接に被疑者の罪証隠滅を計り又は計ろうとした形跡は窺われないのみならず、殊に被疑者は、本件を捜査中の枚岡警察署に附属する留置場に勾留されているものであり、従つてその接見には事件に特別の関心を有する同署警察官の立会いがあるものと推測されるから、一たん罪証隠滅工作を暴露された被疑者が警察官の立会いの下における妻との接見により、妻を介して再度罪証隠滅を計ることは容易のわざではないと考えられ、妻との接見を許しても捜査上格別の支障を来たすとはにわかに認め難いから原裁判中妻との接見を禁止から除外した点は正当といわねばならない。次に書類の授受の点については必ずしも接見の場合と同一に考えることはできないのであつて、妻を媒介者とする通信文書等により立会警察官の眼をかすめてあらためて事件関係者との間で適宜供述を合わせる等の罪証隠滅を計ることは接見の場合に比しかなり容易であり、少くとも前記のように被疑者が一たん失敗に帰したとはいえ一応罪証隠滅を企てた事実の認められる点に思いを致すときかかる書類の授受による罪証隠滅の虞れはなしとしないと認めざるをえず、原裁判中妻との書類の授受を禁止から除外した点は失当といわなければならない。
よつて本件申立は右の限度において理由があるものと認め刑事訴訟法第四百三十二条第四百二十六条に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 西尾貢一 吉川寛吾 藤井正雄)